誕生 2幕
ストレッチャーから見える廊下の天井には、蛍光灯が冷たく光っていて夜中の病棟は静かなトンネルでした。
ドラマや映画で観るシーンは、知らせを聞いて慌てて駆けつけた、家族や愛する人に見送られながら手術室へ向かう。
っていうのが定番ですが、現実はなかなかそうもいかないようで、わたしは一人、手術室までの変化の乏しい天井を車窓からの田んぼの風景のようにただ眺めていました。
看護師さん達のちょっとした雑談から、これからのことがわたしにとっては初めてでもここではそんなに特別なことではないことが分かり、少し緊張がほぐれる気がしました。
この命を生むときは、ひとりがいい。
おなかに命を感じた時から、ぼんやりそう思っていました。
そうなる気がしていたのです。
ですから寂しさはなく恐怖も感じず、淡々と進められる準備に身体を預けました。
手術台にはじめて上がると、無影灯がお星様の形をしていてキラキラとっても奇麗でした。
こんな時にも奇麗なものをキレイと感じられる自分に少しびっくりしましたが。
この子はこのお星様の下を生まれる場所に選んだのだな。と思うと、なんともこの子らしいと納得しました。
お星様の下で闘ってきた命を無事につなげることができますように。
ただ、それだけを祈っていました。
ほんとうにそれだけ。
麻酔科の先生が声をかけて、しばらくすると私は人魚になりました。
目の前には緑のカーテン?があり、その向こうも私なのだけど私のものではない感覚。
なんともへんてこな感覚です。
そんなこんなで、執刀医の先生の声でいよいよ始まりました。
聴覚と嗅覚が鋭くなっていて、聞こえる音から匂いから可能な限りの想像を膨らませました。
横にいてくれる看護師さんは逐一状況をライブ中継してくれましたので、頭の中で答え合わせしながら、もう直ぐ赤ちゃんでますよ〜!の掛け声を待っていました。
赤ちゃんでまーす!!
はい!どうぞ!
と言ったか言わなかったか?
ふんギャーーーー!
彼は足がまだお腹の中だというのに、いそいそと声を上げてくれました。
おなか押しますねー。!
はい!どうぞ!
とは言いませんでした。が御構い無しにぎゅーっと押されて無事に脱出成功。
んぎゃ〜!!ぎやーーーーーー。。
身体いっぱい手術室いっぱいの産声。
生まれると覚悟したものと産みたいと覚悟したものと産んで欲しいと願うものとが奇跡をおこした瞬間でした。
ふにゃホカの彼の頬に
ようこそ。
のキスをしました。
流れたひとすじの涙で今までのことが胸の奥に優しくそっとしまうことができました。
長い妊婦生活の終わり、そして、彼との新しい始まり。
眠ってもらいますね。
その声を聞いて私はスーッと眠りに入りました。
次に彼に会えたのは12時間後。
容態の急変で命を医療に助けていただくことになるなんて、全く思っていませんでした。
つづく