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はぐくむ

ちいさな いのちをはぐくむ ちいさな日記です

いまここを楽しむ

電車の中で妊婦さんに席を譲ったら、すぐにスマホを取り出して見ていた。

なんだか残念だ。

 

こんな記事をSNS上で目にした。

 

その後、みんなのやり取りが始まり、その妊婦さんはどうすればよかったのか?ということに

・妊婦さんには座ってお腹を撫でながらにこやかにしていて欲しい。

なんて内容の話が盛り上がってた。

 

妊婦さんへの期待と幻想は尽きない。

 

 

母親にも同じように世間の期待と幻想がつきまとう。

ご機嫌の赤ちゃんを抱く母親はよくできたお母さんで、泣きわめく赤ちゃんを抱く母親は「あらあら」の世間の目にさらされる。

 

お買い物中、ママにぴったりくっついている子はお利口さんで、ママもお利口さんの子のママ。

「買って〜」と駄々をこねる子は困ったちゃんで、お母さんは困ったちゃんのお母さん。

母親は子供を連れいると、子供を通していつも評価されている気持ちになる。

 

世間が目にする光景は子育ての中のほんの一瞬の出来事で、たまたまご機嫌がよく、たまたま駄々をこねていただけのことである。

ひとつの正しい対処方法なんてものは存在しなくて、答えは子供と母親の数だけ無数にあるのだ。

 

子育ての信念を貫きBestを尽くすことも、その場の雰囲気を察してBetterを選ぶことも、どちらも正解なのだと私は思う。

大切なのはその時の選択を後悔しない、いや、後悔しない選択ができるように母親というスキルを磨く努力をすることだ。

どんな職業でもトレーニングや勉強が必要なように、母親も子供と一緒に経験することで学び、日々の生活がトレーニングなのだ。

子供の成長に合わせてバージョンアップしなければならないし、2人3人となればバリエーションも要求される。

 

最近5カ月を過ぎた息子くんの視線がごはんを食べる私に熱くそそがれ、お口をムグムグ動かしていた。もうすぐ離乳食始めようかな  なんて話していた。

その3日後、歯が生えてきたのを発見!

うれしくてパパに伝えると、離乳食を始めようとする勘はぴったりだ。すごいよ。

と言ってくれた。

私はこの時、歯が生えた子供の成長がすごいね〜っと受け取ったのだが、今になって思い返せばこれは母親になってきている私のことを褒めてもらったのではないか?

今までそんなことがなかったから、ピンとこなかったがきっとそうに違いない。

この際、モチベーションを上げるため勘違いでも構わない。

 

よくできました 💮 のハンコをもらったようでうれしい。

 

昇進や給与アップはないが達成感と幸福度は静かにアップしていく。

 

 

 

子供を産めば母親になるというのは世間の幻想で

女の人は努力して母親になっていくのだと私は思う

 

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夏本番の昼下がりセミの第九を耳にしながら「演劇を介護に取り入れ介護を豊かにしよう」

というセミナーに参加した。

ボケを正さず、ボケを受け入れ介護者は最高の俳優になろう!

そんな内容の話だった。ざっくりと。

 

講師の俳優で介護福祉士の菅原直樹さん繰り返し使っていたフレーズがなるほどだった。

 

「いまここを共に楽しむ」

 

 認知症の方は今日あった事を忘れてしまうかもしれない、家族の顔をわからなくなっても家族を思う気持ちは忘れていない。だから、今の瞬間を一緒に過ごし楽しむことはできる。

 

これは子育てにも当てはまることだと共感した。

 

ギラギラ輝く太陽が眩しくて、小さな手で まぶし〜い!とおメメを覆ったことを赤ちゃんは覚えてはいないだろう。それでも、その仕草が愛おしくてぎゅっと抱きしめたママのぬくもりは穏やかな心に残り、なにより夏のひと時を一緒に楽しんだことはかけがえない成長の記憶となる。

 

3歳ぐらいになれば、なんちゃらごっこ遊びが始まり母親はその時々のシチュエーションに合わせて、お客さんになったり、生徒になったり、近所のスーパーのレジの人にならなければならない。

通り一遍の演技では許されず、ちょっとクレーマーなお客さんだったり熱狂的なファンというより刺激的な演技を監督から要求されるのだ。

これはもう女優以外の何者でもない。

 

泥と草と枯葉で作った塊を ケーキができました〜!と言われれば、一流パティシエが作った世界でたったひとつのスイーツのように食べる演技ができなければならない。

ここで、泥じゃん。なんて言ってしまえば子供の心にファンタジーは宿らないのだ。

人はファンタジーによって童心を思い出し癒されると信じているので、ファンタジーのない子育てはその子から安らぎを奪うことだとおもっている。

だから、主演女優賞並みの演技が必要なのだ。

 

そして、ひとりの人間として自分のやりたい役を精一杯演じ切って全うしたい。

また、この話は次の機会に…。

 

いまここを楽しむ

 

 そんな生き方でありたい