夜泣きな夜
満月の月明かりが窓の外を静寂で包み込み、草の葉に残された夜露は光る結晶へと姿をかえる時間。
何の予定も約束もしていないのに彼は突然現れる。
はじめは彼の訪問に驚きうろたえたのだが、最近はまたきた。やれやれとゆっくり構えられるようになった。
彼とたっぷり過ごせるようにヒーターもタイマーにして待ち構えるほどだ。
そして、タイマー通りにやってくるとしめしめ。
枕元に置いてあるモコモコのカーディガンを羽織ってわざとのんびり起き上がる。
びっくりして飛び起きるなんてしてはならない。
だいたい、ポカポカのお布団から寒空の下に急に飛び出すなんて、血圧がどうにかなって体に悪そうだから。
それに、毎晩あなたを待ってる感は今は出したくない。なんだか負けちゃう気がする、来なくても平気だけど、今日もきたのね。ぐらいの余裕を見せておきたい。
すでに布団の上に座り込み目から大粒の夜露を落としながら、この世の終わりのような声で叫び抱かれるのを待っている。
一体何が彼をここまで絶望させるのか?
中原中也の詩を思い出すほどである。
皆目見当がつかないまま、私は彼を抱き上げキルティングで丁寧に作られたベストを着せて、そろそろ暖まったであろうお部屋へと誘う。
目線の変化に一瞬戸惑うのか、それともただの小休止か?
ほんの少し目を開いてキョトンとした表情を見せる。
これは彼の得意の手法で、一瞬の安堵感を挟み第2ステージをさらに盛り上げる技なのだ。はじめはそれに翻弄されてしまっていたが、今では分かっているのよ感をタップリ出しながら、わざとのってあげている。 はず。
案の定しばらくすると第2ステージはさらに盛り上がり、抱きしめても揺らしても好物をちらつかせてもどうにもならない。
ああ…。どうしたの?
聞いても返ってくるはずのない問いかけを何度もしてみる。
先日出会ったお父さんは、夜の彼女を「窓から投げたくなる」と言っていた。
こんなに愛しているのに、こんなに可愛いのに。と。
もちろん、そんなことはしないのだが、気持ちはよーくわかる。だいたい、こっちは昼間も闘っているのだ。今晩寝ずに付き合った分を昼間に回すなんてことは出来ないのだ。君は今するべきことを明日の昼間にしても誰も咎めないだろう。
かわいいかわいいといわれ、寝る子は育つ!なんて究極の肯定言葉をかけられるのだ。
そんなことはお構いなく、ありったけの声で叫び続ける。夜露は滝のようになりその下の2つの洞窟からも流れ出る。
吸水性のよいタオルが大活躍している。
ええ。ええ。どうぞ、お気の済むままお泣きなさい。
理由はもう聴きません。
あなたにものっぴきならぬご事情がおありなのでしょうから。
今晩もとことんお付き合いいたします。どうぞどうぞ。
地平線のずっとずっと下に太陽が待ち構えているのを感じる時間
疲れ果てたのか、もう十分満足しているのか、夜の彼はスヤスヤと満天の星空に帰っていく。
遠くから 「わたしの中でお眠りな〜さ〜い」とジュディ オングさんが白い羽をヒラヒラさせて歌う声が聴こえる気がする。
真夜中 一緒にいないお父さんに 只今絶賛夜泣き中!とイタズラメールを送って。
また明日。